パーソナルカラーという兵法

 孫子いわく、彼れを知りて己を知れば、百戦してあやうからず。自分に似合う装いについて無頓着だったわたしにとって、「パーソナルカラー診断」は、自分を高めるための戦略を提示してくれる、非常に有意義な体験だった。

是の故に勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む。

(勝利の軍は開戦前にまず勝利を得てそれから戦争をしようとするが、敗軍はまず戦争を始めてからあとで勝利を求めるものである。)

引用:新訂『孫子』(岩波文庫)

 わたしにとってメイクとは武装である。社会に対して晒す顔は、自分はこういう人間だとを表明する旗印のようなものだ。魑魅魍魎が跋扈する世の中において、「完成された顔」は、邪なものにナメられない強さがあると思う。

 女の子がメイクをしているのを見るのが好きだ。ベースを仕込み、なんとかマキシマイザーが良いだの、どこどこのハイライトがマジ最高だの、キャッキャいいながら彼女たちが顔を彩り、「強く」なるさまは、魔法みたいでとてもわくわくする。

 かたやわたしは、とりあえず安い粉をぱっと叩いてなんか適当に目の周りに塗って終了である。決して素材で勝負できるというわけではない。ブスが過ぎるゆえ、彩ったところで妖怪が爆誕するだけだと思い、武装することを放棄していたのだ。そうして自分に合ったメイクのやり方を覚えずに四半世紀を生きてきたため、現在、非常に困っている。

 老いた。十代ではどうにかなった肌も、アラが目立つようになった。毛穴のたるみ、頬の赤み。放置しておくと公害レベルだ。でも何色をどう塗ればましにみえるのかよくわからない。

 なにより、鏡や写真にうつった自分の醜さに絶望する回数が増えた。

 スキルを身に着けようと、メイク雑誌を見ても、「熟練の匠がちょっと遊びに小技を利かす」みたいな情報ばかりで、基礎がないわたしに到底真似できるものではない。

 そんなわたしがパーソナルカラー診断を受けるきっかけになったのは劇団雌猫『だからわたしはメイクする』における「パーソナルカラーに救われた女」の一節だ。

 そう、メイクというのは、選ばれた人間だけが使えるタイプの魔法ではなく、技術や理論の確立した汎用魔術なのだ。技術や理論を習得することは単純に楽しく、上達すれば、とても気分が良い。

 理論の確率した魔術! いままで自分にとっての正解がわからず途方に暮れていたけど、仕組みや指針を知れば効率よく上達できるのでは? 善は急げ、プロに教えてもらおう! と、大丸松坂屋のパーソナルカラー診断を受けるに至ったのである。

 この診断は、『色』のプロフェッショナルであるカラーアナリストの方に、似合う色を診断してもらい、自分の魅力を高めるためのアドバイスをもらえる、という内容である。

 大丸松坂屋のプランを選んだ決め手は、なんといっても値段だ。他のサロンだと90分以上で5,000〜1万円台のボリュームが多い中、45分3,240円(税込)という良心価格。お試しにはもってこいだと思う。

 唯一の難点は予約がとりにくいこと。大丸松坂屋ファッションナビのサイトから、希望日の28日前の午前11時から予約が可能だが、11時を過ぎると5分たらずで埋まってしまうので、少し前からHPを凝視して虎視眈々と狙うが吉。わたしはたまたまアクセスしたとき運良くキャンセルが出たので予約ができた。

 いざ診断日。肌や瞳の色で診断するため、ナチュラルメイクでお越しください、とのことで、日焼け止め下地だけ塗って出かけた。

 まずカラーアナリストの方に、パーソナルカラーの概念を説明していただく。黄み肌のイエローベース、青み肌のブルーベース、さらに得意とする色調ごとにイエベ春、ブルベ夏、イエベ秋、ブルベ冬のカラー群に大別することができるとのこと。それぞれの代表的な女優さんを挙げてくれるので、イメージがしやすかった。

 そして、色とりどりのドレープを系統ごとに春夏秋冬4種類を胸にあて、ベースカラー及びシーズンを診断してもらう。

 アナリストさんに「お客様はひと目見た瞬間からブルーベースだと思いました!」と言われて驚いた。

 パーソナルカラーについて、自己診断では、「イエローベース・オータム」だと思っていた。ネットでよくあるアンケートみたいな診断で、十中八九その結果がでたからだ。でも、イエベ秋に似合うとされるオレンジやコーラルはなんだか肌に馴染まず腫れぼったく見えるし、マリーゴールドやキャメルが全く似合わない。

 自分には明るい色は向いてないんだ...と思い込んで、毎朝真っ黒なクローゼットを開けて、全然テンションが上がらない日々を過ごしていたのである。

 しかしわたしの場合、艶のある黒髪、目力、頬の赤みがブルベの要素として顕著らしい。肌がオークル気味で、自己診断ではイエベと思いがちなブルベは多いそうだ。また、腕の血管が青いとブルベで、緑だとイエベといえる。

 彩度の高い色ほどパーソナルカラーの違いがわかりやすいとのことで、はじめは半信半疑だったが、実際にドレープをあててもらって驚愕した。

 たしかに、イエベ秋が得意な濁りのあるコーラルやオレンジ、茶は頬の赤みが下がって見えたり、クマが目立ったりして、顔全体がどよんとぼやけた印象に見えた。

 一方、ロイヤルブルーやロイヤルパープル、マゼンタといったパキッとした鮮やかな色は、目力や肌の白さを引き立ててくれ、輪郭もシャープに見えた。

 結果、クールでコントラストがはっきりした青みの強い原色やモノトーンが得意なブルーベース・ウィンターという診断がくだった。

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ブルベ冬が得意とする色合い

 ビジネスシーンで使えるスーツのカラーリングや、苦手な色との組み合わせ方、似合うルージュについてアドバイスをもらえた。

 最後に、似合う色や素材のリストをいただき、「黒い服ばっかり買っちゃうっていうのは、似合ってるのが無意識でわかってるからですよ〜!これからは得意分野のカラフルな色にも挑戦してみてください!」とアナリストさんに見送られ、なんだか新しい自分を見つけてもらえた気がしてうれしかった。

 診断後、ブルベ冬向けコスメ情報を調べ、毒みたいな色だなとびびっていたレブロンのクラッシュを恐る恐る試してみたら、顔面をぱぁっと華やかに彩ってくれた。「似合う」色は魔法みたいに自分を輝かせてくれるんだと知って、少し強い気持ちになれた。

 いままで、自分の駄目な部分に着目しすぎて、それを隠すのに精一杯で、メイクや服選びが楽しくなかった。でも、自分の得意・不得意な色を知ることで、本来持っている良さを引き出すことにシフトチェンジでき、探究心が芽生えて、前向きに考えられるようになった。

 もちろんパーソナルカラーに囚われるのではなく、自分が求めていたり、気持ちを高めてくれる色を身につけるのがいちばんの武装だと思う。

 わたしのように、似合う方向性がわからなくて、装うことに楽しみを見い出せていないひとは、ぜひパーソナルカラー診断をはじめとする、専門家の意見を聞く機会を設けることをおすすめする。

 自分の戦闘力を上げるための方針がわかると、集めるべきコスメや洋服といった武器へのアクセスが格段に上昇する。なんかしっくりくるなあというものに囲まれるだけで、安心感もあるし、これで大丈夫かな...ってビクビクすることが減って、鏡をみるのがちょっと楽しみになる。
 
 自信がなくていろんなことを諦めてた自分に対する武装として、メイクをしたいと思う。「これがわたしの、最高にお気に入りの顔だ!!」と自分を鼓舞して、胸をはっていきたい。

女の子は誰でも

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だから私はメイクする 悪友たちの美意識調査

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